『アイリス・ゼロ』《登場人物みんなスタンド使い、ただし主人公は除く》みたいなっ!

アイリス・ゼロ 1 (MFコミックス アライブシリーズ)

最近読んだマンガのご紹介。

面白かったです。公式ページの「アイリス・ゼロを応援してください(?)キャンペーン!」の告知を見て「お、壁紙。欲しい!」と思うくらいには。

ジャンルはSFですな。“瞳(アイリス)”と呼ばれる超能力が普遍的になった世界の話。アイリスっていうのは分かりやすくジョジョで例えるとスタンドですね。人によって固有の能力を持っている、という。例えばヒロインのだと「『適格者』の頭の上に○が視える」という能力だったり、そのヒロインの友達のだと「嘘を見抜く」能力だったり。

表現として面白いのが、登場人物の「アイリス」を通したビジョンがシームレスにコマに入ってくる点です。上記のコマも、これはヒロインのビジョンであるわけで、こういうコマが非常に効果的に入ってきます。

私のお気に入りのシーンは、ヒロインの友達がらみのシーンです。彼女の「アイリス」は「誰かが嘘をつくと悪魔のしっぽが見える」という能力なのですが、そんな彼女が窮地に立たされます。で、主人公は彼女に対して過去の怨恨があるんですね。そして彼女を呼び出してこう宣告します。

「オレはお前のことを助けたりなんて絶対にしない」

そして立ち去る主人公の後ろ姿には。

本作品屈指の名シーンです。

というわけで、それぞれのキャラが持っているアイリスがキーになる作品なのですが、面白いのは、主人公だけがその能力を一切持っていないという設定です。その代わりに得た力が、他人が持つスタンド……じゃなかった、アイリスの能力を見抜く洞察力だというのです。

主人公はその能力を(渋々)生かして作中の謎や不思議な現象を説明する、というのが基本的な流れで、構成は完全にミステリのそれです。もっとも謎の提示のされ方がストレートじゃないので分かりにくいところもありますが、設定とキャラがうまく融合して謎が構成される点は良くできているな、と。

特に2つ目のエピソードの「何故彼女は○○できたのか」という謎の切り出し方は見事です。何が起きたのかよく分からない混沌とした状態から、こういう謎の切り出し方をしただけで残りの推理はきれいに一本道、というあたりが実に爽快です。

ちなみに、キャラ設定が謎に深く組み込まれているという点で極めて典型的な例と言えるのが『春期限定いちごタルト事件』の「おいしいココアの作り方」です。主人公の友人が振る舞ったココアの作り方が判然としない、という妙な謎なのですが、その解決とその友人が「ズボラ」という設定のはまり具合が実に見事な一編です(小説が原作ですが、マンガ版が極めて忠実なコミカライズで絵がきれいで読みやすい、と三拍子揃っていて入門的な意味でもお勧めです)。

閑話休題

というわけで、「日常の謎」的なミステリ好きの人に特にお薦めできる本作品ですが、難点がないわけでもなく。

これは作画の問題のように思うのですが、「密室」という設定のトイレの個室の上側が開いてるんですよね。つまりタンクか何かを足場にすれば普通に脱出できるシチュエーションで、密室でも何でもない。別に上が開いてても、何らかの理由でそこから脱出したのではないということが示されれば良いのですが、窓からの出入りを検討しておきながら上から出入りした可能性を検討しないでフォローも一切なし、というのは減点対象ですな。

もちろん物理的なトリックが主眼ではないのでクリティカルな問題ではありません。読む側が空気を読んで、その可能性を排除すれば済む話ではあります。それにこのエピソードでは比較的早い段階で「解くべき謎の切り出し」が行われるので、いいっちゃあいいんですけどね。

難癖をつけましたが、このエピソードも「謎を解くことで主人公のパーソナリティが浮き彫りになる」という意味で、設定とキャラと謎との融合が美しい話です。この、「キャラ設定が謎に深く関わる」という構図は実はミステリ的には結構トリッキーな部類で、そういう意味でも注目に値する一作だと思います。