「すべての専門家」にはなれないのに

もなQのもなみさんのところでJASRAC問題が取りざたされて以来、その掲示板で議論がされていたのをずっと見ていました。

議論が一旦収束しかけたところで「むぅ」氏による物言いが入り、これにもなみさんが反論して議論は白熱していったのですが、本筋から大分ずれてきたところで「もなQぽぉたる」のCEO兼CTOだという「てんてん」氏から待ったがかかり、一旦議論が休止となります。

それはいいのですが、むぅ氏の現在のところの最後の書き込みによると、

むしろ私が法律用語を使ったことで、自主的にそれらのことをを調べてくれるような方が多数であること
を望みます。
難しいことみたいだから係わり合いになることはやめようと考える方もいらっしゃるでしょうが、
問題意識を持った人の行動としてはふさわしくないのではないでしょうか、とだけ述べておきます。

とのこと。うーん、結論と思われる主張がこれではちょっとなあ、と私は思いました。

著作権の問題に限らず、普通の人は自分に関係するすべてのことの専門家になることはできませんし、なる必要もありません。自分が専門家になれない場合、専門家に判断を委ねるしかないと私は思っています。

素人にとっての専門家とは、事実をどう解釈すべきかを分かりやすく示してくれる存在です。

「事実を解釈する」のは実は困難なことです。例えば、素人でも読み方さえ知っていれば将棋の棋譜(これに記されているのは紛れもない事実です)を見ながら対局を再現することは可能です。しかし、それから棋士の戦略を読み取ろうなどとすると専門家による解釈を必要とします。

もちろん、まったく議論の余地のない事実があったとしても、それをどう解釈するかは個人の主義や主張に依存することですから、自分に似た価値観を持つ専門家の意見を妄信しがちにはなります。

しかしながら自分が専門家になることは事実上不可能なわけですから、せいぜいが「いろんな専門家の言うことを聞いてみる」以上のことは出来ないわけです。

で、実はもなみさんも、むぅ氏の件の主張に対して、

たとえば星に興味を持った人に素粒子論を語って、星に興味を持ったなら難しいといって素粒子論を避けられない、とは言いませんよね?
星に興味を持ったなら、まずはニュートン物理っていう面白いものがあるんだよーってところから始めて、それから特殊相対論、一般相対論、量子論素粒子論という順に進めていかないといけないのではないかなーと、もなみは思うわけですー。

とコメントしています。しかし、もなみさん自身が

法的知識を完璧なものして、実際に何がどうなっているのかを知れば、JASRAC様に対する不満はなくなると思いますー。

と述べていながらその根拠を示さない、なんてことをしています(一応もなQの目的として読者に考えていただくことが挙げられてはいますので、そのために敢えて空白にしているのかも知れません。しかし「考える」ことと「法的知識を完璧にする」こととの間には大きな隔たりがあります)。

いくら何でも解釈の結果だけ示されても素人としては困ります。これが妥当かどうかを判断するには法的知識を完璧なものにするしかなさそうです。しかしながら素人には法的知識を完璧にする時間や暇なんてありません。根拠も含めた専門家による解説が必要なのです。

そういう意味で、むぅ氏が参考文献として挙げた以下の2つの文書は非常によい解説だと私は思いました。

著作権の原理と現代著作権理論 - 森村進 著「財産権の理論」弘文堂
http://www.welcom.ne.jp/hideaki/hideaki/theory.htm
もう一つの著作権の話 - 森村進 著「財産権の理論」弘文堂
http://www.welcom.ne.jp/hideaki/hideaki/another.htm

もなみさんはこれらの参考文献の著者について、

創作者に対して投資しなくても優れた作品は書けるだの創作者も不幸になっているだの創作者が創作物に見合ったたくさんの報酬を得られなくても優れた作品は書けるだの、著作物そのものの数が少ない上、著作物を参照することが出来にくかった著作権法が無い時代のほうが優れた作品が多かっただのという暴論を吐く人

と一刀両断していますが、これから受ける印象ほどDQNな主張はされていません。文面だけ見ると確かにそういったことが書かれていますが、きちんと根拠が示されていて、そこから導き出される結論は、

商品として販売されている著作物を買わずに済ますためにするような種類のコピーは、結果的に皆さん自身の利益を損なうことになります。

と、非常に真っ当なものになっています。

他に掲示板で話題になったことで、信託禁止期間については「新法によってJASRAC独占はどうなるか?(前編)」が、私的録音補償金については「ユーザー置き去りの著作権攻防戦」あたりが素人向けの解説として面白いと思いました。ただ、いずれもアンチJASRAC寄りっぽいのが気になるところではあります。

実はJASRAC寄りで素人にも分りやすい「これ」といった資料が簡単には見つからないようなのです。本来ならばここでもなみさんの文章を挙げるべきなのでしょうが、よーく読むと解釈の論理的道筋が飛ばされている部分が多い上に、ご自身で専門家ではないと表明してしまっているので以上に挙げた文書とちょっとバランスが取れません。どうしたもんなのか。

2004/08/15 追記

中立(世間の風潮に比べるとJASRAC寄り)な、いい解説記事がありました。JAZZ喫茶「SWAN」対JASRACを検証する

これ読むと、もなみさんが法的にはJASRACが問題ないという理由が分かります。ただ、銀河のほとり事件に関しては、この文章の筆者ともなみさんとでは見解の相違があるようです。