意外にSFしてた陽気婢『身想心裡』

身想心裡―陽気婢作品集 (ヤングマガジンコミックスデラックス)

縁があって陽気婢氏の『身想心裡』という短編集を読む機会があったのですが、意外に私好みでびっくりです。

陽気婢氏というとフランス書院エロマンガ描いてるだけの人だと思ってたんですが、この短編集はなんとSFっぽいのです。特に、テレパシーで周囲の人間の視覚を借りながら生活している全盲の女の子の話なんて設定だけでゾクゾクします。

とにかく一編一編に詰め込まれているアイディアが半端じゃありません。藤子・F・不二雄の『SF短編集』に匹敵する……とまで言うと言い過ぎかも知れませんが、アレからブラックユーモア要素を引いてエッチ要素を割り増しして萌え要素を足したような感じです。

以下、各短編について触れます。

MY TURN
2重人格の女の子が主人公です。クラスメイトがレイプされている現場を目撃してしまった「もう1人の自分」が日記に書き残したメッセージは「この次はあなたの番かも……」。サスペンス要素の強い作品です。また、辛いときや苦しいときにもう1人の人格に入れ替わる──という多重人格物の王道パターンがうまく生かされています。
あんぐる 〜YOUR EYES ONLY〜
先ほど挙げた、周囲の人間の視覚に頼って生活している全盲テレパスの女の子の話です。これは設定がうまい。自分に向けられている視線を「乗っ取る」ことで彼女は自分の状況を認知します。そんな生活の中で、主人公はある男の子を意識しはじめます。その男の子が自分に向ける視線は決して清廉潔白だとは言えないけれど、何気ない風景を見る彼の視線は自分にとっても心地よくて──。特にラストの意外性と情景の美しさは特筆すべき作品です。
Lonely Vamp
いわゆる吸血鬼ものです。吸血鬼ものでは、「人間であること」を捨ててしまうことで起こる悲劇が定番のテーマです。主人公が「花丸森写歩朗(はなまるしんじゃぶろう)」というあまりにふざけた名前のギャグ小説『ぼくの血を吸わないで』ですらその路線を大きく外そうとはしていません。が、その悲劇もこの作品では淡々と描かれます。不思議な読後感の作品です。
おでこ
メガネをすると他人のおでこに余命が見えてしまう女の子に迫る真性メガネフェチの男の子。読んでる途中に「おや?」と思う箇所がありますが、ちゃんと解消されるのでご安心を。
ナンパオ
「関西弁はナンパに有利か」がテーマの作品。SF臭ゼロです。えーっと、「今すぐ関西弁を身につけましょう」が結論かな?(違います)
カリソメ
彼女を乗せてドライブを夢見ながら行った免許合宿中に振られてしまった悲劇の男の子が、仮免5回落ちてる女性と出逢って──という話。これもSF臭ゼロです。相手が人妻だということが最初に提示されてしまうので、読んでいてそれが常に心に引っかかってしまい、普通なら嬉しいシチュエーションで居心地が悪いという妙な読み心地です。
振り返れば僕がいる 〜Personal Complex '95〜
コンプレックス過剰な男の子が、自信満々の彼女に振り回される話──と書くとラブコメっぽく感じますが、結構修羅場っぽい展開になります。やっぱりSF臭ゼロ。どうでもいいですが、背景にあさひ銀行(元埼玉銀行、現埼玉りそな銀行)が描かれてたり、主人公がS大(埼玉大と思われる)だったり、ラストシーンが池袋だったり(はなわも言ってますが埼玉県民は池袋好き)して、ものすごく埼玉臭がする作品です。
極限状況
いわゆる遭難ものといいますか、正確に言うと「遭難という極限状況で芽生える愛に期待しちゃう」という、ドラえもんの「はこ庭スキー場」的な由緒正しいテーマの作品です。でも、展開はしっちゃかめっちゃか。あれ、これもSF臭ゼロだ。
SF恐怖のイソギンチャク人間
ザ・フライ』のパロディです。展開はご想像の通りなんですが、「なんでイソギンチャクか」があまりにバカバカしいです。こういうノリは大好きです。
永遠の少年
初体験を済ませると急激に成長してしまう病気が蔓延している世界のお話。つまり、やっちゃうと本当の意味で「大人になる」というわけです。アイディアは言葉遊びですが、その着眼点は独特です。彼との「初めての夜」の次の朝、成長した女の子と成長していなかった彼。変わったことを受け入れる女の子と、変わらないことを受け入れられない彼。「変わらないこと」が不安という逆転した価値観に読んでる方もとらわれてしまう作品です。

いやはや、こんなにダラダラと感想を書いてしまうとは。この作者の他の作品も読んでみようかと思います。基本的に本とかは作家を見て買うタイプなので、新しく「好きな作家」を発掘したときの喜びはひとしおです。